前回、私たちは「Software Defined Warfare(SDW:ソフトウェア定義型戦争)」の到来を確認しました。それは、ハードウェアの物理的性能よりも、ソフトウェアの更新頻度と意思決定のスピードが勝敗を決定づける新たな時代です。世界がこの新しい「戦いのルール」へ適応を急ぐ中、日本の防衛体制は果たして追いつけているのでしょうか。 今回は、SDWが実現する「将来像(To-Be)」を鮮明に描いた上で、それとは対照的な日本の「現状(As-Is)」を比較し、そこから浮き彫りになる3つの構造的な課題を解説します。1. SDWが実現する3つの将来像(To-Be) SDWが社会実装されたとき、防衛の現場はどのように変貌するのか。それは単なる業務効率化を超えた、次元の異なる戦い方の実現です。意思決定の自動化:頭脳の「革新」 第一の変化は「頭脳」の革新です。将来の戦場では、陸海空・宇宙・サイバー空間などから流れ込む膨大なデータを、AIを搭載した各階梯のシステムが処理するようになります。 現在、任務分析、各種の情報見積・作戦見積、実質的な行動方針の案出のための意思決定プロセスは、何人もの幕僚が人力で行っています。各級の司令部・指揮所で実施される情報の収集・整理・分析や運用の計画・調整・作成には莫大な作業量が必要となりますが、これらは通常の一般企業の業務同様に、AIによる革新的とも言える情報処理能力によって大きくその負担を軽減できるはずです。 その結果、指揮官や幕僚は、AIが提示した最適解をもとに、人間ならではの倫理観や直感、大局的な経験則を考慮した「最終決断」にのみ集中できるようになります。数時間から時には数日を要していた作戦立案は、数分レベルにまで短縮される。そのような「意思決定の優越」が確立された世界です。情報共有のキルウェブ化:神経の「革新」 第二の変化は「神経」の革新です。SDWが進むと各兵器はソフトウェアで定義され、共通の基盤で接続されます。あらゆるセンサー(衛星、ドローン、レーダー等)とあらゆるシューター(ミサイル、艦艇、火砲等)が、組織やドメインの枠を超えて接続される「キルウェブ(Kill Web)」が構築されます。 ここには、縦割り組織特有の許可制による情報共有の遅滞やボトルネックは存在しません。必要な情報は、必要な瞬間に、必要なアセットへダイレクトに共有されます。また、この結果、戦場ネットワークは蜘蛛の巣のようにウェブ化することで、寸断や遮断に対しても十分な強靭性を実現しつつ、従来の戦争ではあり得なかった即時瞬発的な火力発揮が一般的になっていきます。新たな防衛の担い手:代謝の「革新」 第三の変化は「代謝」の革新です。ソフトウェア中心の世界では、開発スピードこそが勝敗の鍵を握ります。そのため、従来の重厚長大な防衛企業だけでなく、アジャイル開発を得意とするスタートアップや異業種のテック企業が「新たな担い手」として参入しやすくなります。 多様なプレイヤーが技術を競い合うことでイノベーションが促進され、兵器やシステムの性能は日進月歩で更新され続けます。新たな企業群による健全なエコシステムが形成され、防衛テック市場そのものが活性化していくのです。2. 日本の現状(As-Is)と3つの課題 この理想的な将来像に対し、現在の日本の防衛体制はどうなっているでしょうか。両者を比較したとき、単なる遅れでは済まされない、致命的な課題が見えてきます。課題①:意思決定主権の喪失リスク【現状:As-Is】 「AIによる高速な意思決定」が求められる中、現在の日本には膨大なデータを統合して最適解を導く「意思決定支援システム」そのものが未整備です。現場の優秀な自衛官の人的努力でカバーしているのが実情ですが、全ドメインにまたがりデータ量が爆発する現代戦において、人力処理は限界を迎えています。対して、欧米では、莫大なデータ処理と意思決定の課題をすでに"TSUNAMI of DATA問題"として経験しており、実戦を踏まえた上で高度なシステムをすでに実現しつつあります。【課題:Gap】 最大の問題は、システムがないからといって安易に「海外製」に頼ることのリスクです。AIをはじめとするデータ処理と意思決定支援システムは、どのような形であれ極めて複雑な構成にならざるを得ません。一方、海外製のシステムは取り扱う情報や技術の機微度からその内容を明らかにすることができない、ブラックボックスになりがちです。「なぜその攻撃目標を選んだのか」「なぜその案が最有力なのか」というロジックを検証できないまま、他国のシステムが推奨する通りに行動することは、国家としての「意思決定の主権」を放棄することと同義です。開発国の思想やバイアスが含まれている可能性も否定できず、「なぜ」を説明できないシステムに国民の命運を委ねるという、安全保障上の重大な懸念が生じます。課題②:データ共有の新たなあり方【現状:As-Is】 「キルウェブ」が求められる中、日本の現状は「サイロ化」の一言に尽きます。陸海空の装備品はそれぞれ独立して設計され、開発業者も異なるため、システム間の相互接続性は考慮されていません。さらに深刻なのは、伝統的な防衛分野におけるセキュリティ思想が、このような相互接続性・相互運用性に非常に大きなハードルを作ってしまっているという点です。組織ごとにネットワークの「境界」を作り、そこをファイアウォールやエアギャップで守る「境界型セキュリティ」が基本であるため、異なる陸海空その他のドメイン間でデータを共有しようとするたびに、極めて複雑な連接・接続作業が必要になるのが現実です。【課題:Gap】 我々が情報を共有すべき対象は、ドメイン間にとどまらず、同盟・同志国へと広がっています。現状の境界型では、目の前の敵情報を隣の友軍にシームレスに伝えることすらままなりません。守るべきは「組織の境界」ではなく「データそのもの」であるはずです。現在の境界型セキュリティを脱し、アセットやドメインの壁を越えても安全にデータを共有できる「データ中心セキュリティ(ゼロトラスト)」への転換なしには、SDWの前提となるキルウェブの構築は不可能です。課題③:新規参入(スタートアップ等)の促進策【現状:As-Is】 調達におけるスタートアップとの契約比率3%以上という政府目標と比較し、防衛調達におけるスタートアップの比率は1%を割り込んでいます。 2024年度の1億円以上の契約金額の中央調達実績を調査したところ、全5兆6462億円のうちスタートアップの契約金額はわずか177億円(0.3%)にとどまりました。スタートアップ企業にとって、防衛調達は自社のスケール先として積極的に選ばれていないということになります。イノベーションの源泉となる彼らを取り込むことができずに、技術の代謝を止めてしまっているとも言えるでしょう。【課題:Gap】 なぜスタートアップから防衛が選ばれていないのか。政府の調達は競争が基本であり、たとえ時間をかけて研究開発に協力しても、最後の調達の段階で一気に別の会社に奪われてしまう、なんていうことも珍しくありません。彼らは常に資金調達等の課題を抱えており、そのような不安定なビジネスへの投資はリスクが大きすぎるのです。彼らのリスクを低減させ、防衛調達に積極的に参加させるような新たな調達の仕組みが必要となります。3. 根本的な仕組みの刷新なしに、未来はない 「意思決定のブラックボックス化」による主権の危機、「境界型セキュリティ」による情報の分断、「高リスクな調達制度」による技術的代謝の不全。 これら3つの壁は、単なる現場の「改善点」レベルの話ではありません。日本の防衛力が20世紀型の遺産とともに沈むか、SDWという新たなルールに適応して生き残るかの決定的な分岐点です。 どれほど高価な最新鋭のハードウェアを買い揃えたとしても、それを動かす組織の「土台となる仕組み(OS)」が古ければ、その性能は決して発揮されません。私たちが直面しているのは、「装備の不足」ではなく、戦いのルール変化に対する「構造的な不適合」なのです。 では、どうすればこの強固な壁を打ち破ることができるのか。次回、第3回からは、これらの課題に対する具体的な解決策を一つずつ紐解いていきます。